『ソードアート・オンライン』は、川原礫氏によるライトノベルを原作とした人気シリーズである。
物語の始まりとなるのは、仮想空間へ意識ごと入り込めるフルダイブ型MMORPG《ソードアート・オンライン》。しかしゲームを開始した約1万人のプレイヤーは、開発者・茅場晶彦によって仮想世界へ閉じ込められてしまう。ログアウトする唯一の方法は、巨大な浮遊城《アインクラッド》の最上層を攻略すること。ゲーム内で死亡すれば、現実の身体も命を失う。
主人公キリトの戦いやアスナとの関係はもちろん大きな魅力だが、SAOが長く支持されてきた理由は、物語の舞台そのものにもある。
もし自分がアインクラッドに閉じ込められたら、攻略組として上層を目指すのか。それとも安全な街に残り、商人や職人として暮らすのか。どの武器を選び、誰とパーティーを組み、危険なフィールドをどう生き延びるのか。
SAOはアニメを眺めるだけでなく、「自分ならどうするか」を想像させる作品だった。
2026年7月に発売された『ソードアート・オンライン Echoes of Aincrad』は、その願望を正面からゲームにした作品である。
プレイヤーはキリトではなく、自分で作成したアバターを操作する。デスゲームに閉じ込められた名もなき一人のプレイヤーとなり、ベータテスト時代に知り合った少女・イオリと再会し、アインクラッドを生き抜いていく。
設定だけを見れば、長年待たれてきた「自分自身がSAOへ入るゲーム」に限りなく近い。
ところが発売後、Steamでの評価は「賛否両論」。確認時点では約1500件のレビューのうち、好評はおよそ半数にとどまっている。完全に遊べない作品とまでは言われていないが、期待された新作としてはかなり渋い出足となった。
なぜ、これほど原作と相性のよさそうな企画が、評価を伸ばしきれなかったのか。
高品質フィギュア【スピリテイル】“理想のSAOゲーム”は実現したのか
SAOゲームは、これまでも「あと一歩」が続いてきた
SAOは、これまでにも数多く家庭用ゲームとして展開されてきた。販売を長く手掛けてきたのはバンダイナムコエンターテインメントである。
2014年の『ホロウ・フラグメント』は、アインクラッドを舞台に大量の武器やスキルを育て、他のプレイヤーを模したNPCたちと階層を攻略する作品だった。システムやUIは分かりづらく、ダンジョンやクエストにも反復感があったが、街やフィールドに多くの冒険者が存在し、別のパーティーが戦っていたり、攻略への誘いを受けたりすることで、擬似的なMMORPGらしさを生み出していた。
『ロスト・ソング』では空中を自由に飛ぶ遊びが導入されたものの、クエストや戦闘の単調さを指摘された。『ホロウ・リアリゼーション』は育成や剣戟が改善され、シリーズの中では比較的評価の高い作品となったが、仲間AIや複雑なシステム、繰り返しの多いサブクエストには不満が残った。
GGOを舞台にした『フェイタル・バレット』では、キャラクタークリエイトとTPS形式の戦闘が導入された。ゲームとしての新鮮さはあったが、剣を手にアインクラッドを攻略する「原点のSAO」とは異なる方向だった。
その後の『アリシゼーション リコリス』は、発売時の動作や最適化、長い会話とテンポの悪さが批判された。『ラスト リコレクション』では改善も見られたが、シリーズ全体の評価を塗り替える決定版には至らなかった。多人数協力を軸にした『フラクチュアード デイドリーム』も、オンラインらしい共闘を実現する一方、ステージやミッションの反復が課題となった。
それぞれの作品には、確かに良い部分がある。
『ホロウ・フラグメント』には仮想世界で暮らしているような雰囲気があり、『ホロウ・リアリゼーション』には育成と剣戟があり、『フェイタル・バレット』には自作主人公があった。
しかし、それらが一つの作品にまとまったことはない。
SAOゲームは長い間、「ファンなら楽しめる部分はあるが、一般的なRPGとして見ると粗さも目立つ」「次こそ理想のSAOゲームになるのではないか」という評価と期待を繰り返してきた。
バンダイナムコの“キャラクターゲーム”に向けられる警戒
ここには、SAOシリーズだけではなく、バンダイナムコが販売するアニメ・漫画原作ゲーム全体に向けられてきた印象も関係している。
もちろん、バンダイナムコが関わった作品すべての出来が悪いわけではない。『ドラゴンボール ファイターズ』や『NARUTO-ナルト- ナルティメットストーム』シリーズなど、原作再現とゲーム性の両方を高く評価された作品も存在する。
一方で、人気作品のキャラクターや必殺技、アニメらしい演出は丁寧に作られていても、フィールドやミッションの構成は単調、システムは既視感が強い、発売時点では内容が薄いといった不満を持たれる作品もあった。
そのため一部のゲームファンには、バンダイナムコのキャラクターゲームに対して、「原作ファンには魅力的だが、ゲーム単体の完成度は実際に遊ぶまで分からない」という警戒感がある。
ただし、『Echoes of Aincrad』を単純に「バンダイ製」と片づけるのは正確ではない。本作の発売元はバンダイナムコエンターテインメントだが、開発を担当したのは株式会社ゲームスタジオである。商品企画や予算、販売方針に発売元の影響はあるとしても、ゲームを実際に制作した会社とは分けて考える必要がある。
それでも、過去のSAOゲームやキャラクターゲームへの印象があったからこそ、ファンは本作に期待しながらも、「また雰囲気だけの作品にならないか」と不安を抱いていた。
今回こそ“理想のSAO”になると思われた
それでも『Echoes of Aincrad』には、大きな期待が集まった。
最大の理由は、キリトではなく、自分で作った一般プレイヤーとしてアインクラッドへ入れることだ。
舞台はシリーズの原点。キャラクタークリエイトがあり、自分の武器を選び、デスゲーム初期の混乱を一人の当事者として体験する。過去作で別々に扱われてきた要素が、ようやく一つにつながるように見えた。
発売前に公開された体験版もSteam Next Festで上位に入り、海外メディアからは、アニメの世界を忠実に再現した景観や雰囲気が評価された。その一方で、戦闘の硬さや敵AI、広いわりに空虚なフィールドについては、体験版の時点ですでに不安視されていた。
それでも多くのファンが期待したのは、単なるシリーズ新作ではない。
『ホロウ・フラグメント』のMMORPGらしい生活感、『ホロウ・リアリゼーション』の剣戟と育成、『フェイタル・バレット』のキャラクタークリエイトを、現代的な映像と操作性でまとめた「SAOゲームの決定版」だった。
美しいアインクラッドに、人が暮らしている気配がない
発売後のSteamレビューで繰り返し挙げられているのが、MMORPGらしい活気の乏しさである。
原作のアインクラッドには、大勢のプレイヤーが存在していた。前線で戦う攻略組だけでなく、安全な街に残る者、商売を始める者、ギルドを作る者、恐怖から閉じこもる者もいた。
ところが本作では、街やフィールドに配置されたNPCが風景の一部に見えやすく、他の冒険者が同じ世界を生きている感覚が薄いという。
Steamレビューでは、『ホロウ・フラグメント』には多数のプレイヤー風NPCが存在し、別パーティーの戦闘を見かけたり、攻略へ誘われたりしたのに、今回はそうした要素が乏しいという比較も見られる。
本作はオンラインMMORPGではなく、最初から一人用のアクションRPGとして販売されている。本物のプレイヤーが存在しないこと自体は欠陥ではない。公式情報でもシングルプレイ作品として案内されている。
しかし、実際のオンラインゲームでなくても、NPCの行動や偶発的なイベントによって「大勢の人間が同じ世界を生きている」と思わせることはできる。むしろ過去作の方が、その演出を積極的に行っていた。
映像は新しくなったのに、世界の生活感は後退している。そこにファンは強い違和感を覚えた。
オープンワールドのようで、自由には探索できない
アインクラッドは、未知の階層を少しずつ調査し、危険な場所やボス部屋を発見しながら攻略する世界である。
ところが本作のフィールドは、見た目こそ広いものの、クエストによって進入できる範囲が管理され、道から外れようとしても崖や壁に阻まれる場所が多いという。未発見の宝箱にも目印が付くため、自分の判断で秘密を見つける探索というより、用意された印を順番に回収する作業になりやすい。
Steamレビューには、「オープンワールドMMORPGが原作なのに、オープンワールドでもMMORPGでもない」という厳しい表現も見られた。
これは公式がオープンワールドだと宣伝していた、という話ではない。本作はあくまでクエスト形式のアクションRPGである。
問題は、原作とゲーム画面が自由な冒険を想像させるのに対し、実際の遊びはかなり管理されていることだ。アインクラッドを自分の足で開拓したいプレイヤーと、物語に沿ってエリアを攻略させたいゲーム側の設計が噛み合っていない。
戦闘は比較的好評だが、手触りには粗さが残る
本作の戦闘は、Steamレビューで一方的に否定されているわけではない。派手なソードスキルや、イオリをはじめとするパートナーとの連携、武器や仲間を切り替えながら戦う共闘感については、好意的な声も見られる。とくに大技が決まったときの爽快感や、ボスを相手に役割を切り替えながら戦う部分は、本作の中でも比較的評価されている。
一方で、通常攻撃の距離感やコンボのつながり、パリィ成功時の分かりにくさ、仲間AIの挙動など、操作の手触りには粗さが残るという。
通常攻撃で敵との距離を詰めきれず、攻撃が空振りすることがある。パリィに成功したように見えても敵の動きが止まらず、そのまま次の攻撃へ移ることがある。強攻撃時のスローモーション演出も、爽快感より戦闘のリズムを崩していると感じる人がいる。
仲間AIについても、敵を引きつける一方で積極的に攻撃へ参加せず、結果的に敵を連れてきて倒されるだけに見える場面があるという指摘がある。さらに、プレイヤーの成長に合わせて敵も強くなる仕様や、回復・装備変更の制限について、攻略の緊張感より不便さを感じるという声も出ている。
戦闘の土台そのものは悪くない。しかし、その周囲にある細かな仕様や調整不足が、せっかくの爽快感を削っている。Steamレビュー全体を見る限り、本作への最大の不満は戦闘ではなく、探索や世界の薄さにある。ただし、戦闘だけなら手放しで高評価といえるほど完成されてもいない、という位置づけだろう。
自作主人公なのに、自分の生き方は選べない
自分で作った主人公としてアインクラッドへ入れることは、本作最大の魅力である。しかし、その主人公が物語の中で十分に生きていないという指摘もある。
Steamレビューでは、主人公の発言や選択肢が少なく、周囲の人物が会話を進めるため、プレイヤーキャラクターが「そこに立っているだけ」に見えるという不満が挙げられている。選択肢が表示されても、内容によって物語や人間関係が大きく変化するわけではなく、自分で決断している感覚は薄い。
自分がSAOに閉じ込められたという設定なら、攻略組に参加するか、安全な街に残るか、誰を信じ、どのような役割で生きるかといった選択が重要になるはずだ。
しかし実際には、用意された物語に沿ってクエストを進める場面が中心となる。主人公の見た目は自由に作れる一方、生き方は自由に選べない。この矛盾が、自作アバターという企画の魅力を弱めている。
イオリと歩いている時間は楽しい
一方で、本作ならではの魅力として好意的に語られているのが、ヒロインのイオリである。
イオリは、主人公がベータテスト時代に出会っていた少女であり、デスゲーム開始後に再会する。キリトやアスナの物語を横から眺めるのではなく、主人公自身の身近な相棒として行動をともにする存在だ。
Steamレビューでは、ゲーム全体への不満を並べながらも、「イオリとフィールドを走り回るゲームだと思えば楽しい」「イオリがかわいいのでおすすめする」といった意見が見られる。
冗談めいた評価にも見えるが、本作の長所をよく表している。
景色のよいフィールドをイオリと歩き、会話を聞きながら探索する時間には、「SAOの世界に仲間といる」という感覚がある。戦闘でもパートナーと連携して大技を放ち、役割を切り替えながら共闘できる。
大勢のプレイヤーが暮らすMMORPG感は弱いが、イオリという特定の相手と二人で旅をするキャラクターゲームとして見れば、確かな魅力がある。
つまり本作は、「アインクラッドを自由に生きるゲーム」としては物足りない一方で、「イオリとアインクラッドを旅するゲーム」として楽しんでいるプレイヤーもいる。
キャラクターとの距離は近いが、世界との距離は遠い
ここに、本作の評価が分かれている理由がある。
イオリや原作キャラクターのモデル、アニメらしい景観、ソードスキルの演出は評価されている。好きなキャラクターと一緒に歩き、戦い、物語を見るキャラクターゲームとしては、原作ファンが求めるものを一定程度提供している。
その一方で、フィールド探索、NPCの生活感、クエストの変化、装備変更や移動の快適さなど、RPGとして長時間遊ぶための土台は弱い。
登場人物や必殺技、原作らしい場面を見る瞬間は楽しい。しかし、その場面と次の場面をつなぐ移動や戦闘、ミッションには単調さや不便さが残る。これは、バンダイナムコが販売してきた一部のキャラクターゲームに向けられてきた評価とも重なる。
『Echoes of Aincrad』でも、イオリと歩く時間は楽しい。それでも、アインクラッド全体が生きた仮想世界になっているとは言い難い。
キャラクターとの距離は近いのに、世界との距離は遠い。そのアンバランスさが、本作の特徴であり、弱点でもある。
厳しい評判は、期待がまだ残っている証拠でもある
『Echoes of Aincrad』は、何も楽しめない作品ではない。アインクラッドの風景は美しく、キャラクターの見た目や声にも力が入っている。戦闘には手応えがあり、イオリとの旅を楽しんでいるプレイヤーもいる。一般プレイヤー視点でデスゲームを描く発想自体は、本作の大きな魅力である。
それでも評判が割れているのは、本作に期待されたものが、通常のキャラクターゲームよりはるかに大きかったからだ。
ファンが待っていたのは、SAOのキャラクターに会えるゲームだけではない。知らないプレイヤーとすれ違い、街で装備を整え、仲間を集め、未知の場所を発見し、危険を承知で次の階層へ向かう。SAOの物語を見るのではなく、SAOという世界で暮らせるゲームだった。
『Echoes of Aincrad』は、自作主人公とイオリという形で、その夢の入口までは作った。しかし、その先に広がっていたのは、生きたMMORPG世界ではなく、決められたクエストを進める一人用アクションRPGだった。
イオリと散歩している時間は楽しい。それは本作の確かな魅力である。
だが、プレイヤーが本当に歩きたかったのは、イオリと二人きりの美しいフィールドだけではない。無数の人々がそれぞれの思惑で暮らし、何が待っているか分からないアインクラッドそのものだった。
本作への厳しい声は、SAOという題材への期待が失われた証拠ではない。むしろ十年以上たった今も、多くの人が「いつか本当にあの世界へ入れるゲーム」を待っている証拠なのだろう。


コメント